賈 覧(か らん、生没年不詳)は、新末後漢初の武将。当時の群雄の一人である盧芳の配下。
事跡
建武6年(30年)、劉秀(光武帝)配下の代郡太守劉興が高柳へ進軍してくる。賈覧は匈奴の騎兵(「胡騎」)をもって迎撃し、劉興を討ち取った。続いて、匈奴の薁鞬日逐王とともに馮異と対戦したが、これには敗北を喫している。
建武9年(33年)夏、大司馬呉漢らが5万人余りの軍勢で高柳に攻め寄せてくる。賈覧とその同僚の閔堪は、匈奴の騎兵に支援されるなどして優勢に戦いを進めた。同年秋、驃騎大将軍杜茂が繁畤に駐屯していた盧芳配下の尹由を攻撃する。賈覧は匈奴騎兵1万人余りを率いて尹由を救援し、杜茂を撃ち破った。しかし翌年、再び呉漢らが6万人の軍勢で高柳に攻め寄せ、賈覧はやはり匈奴騎兵数千人の救援を受けたが、平城で敗北を喫した。
建武12年(36年)、賈覧は盧芳に従って雲中郡を攻撃したが、降すことはできなかった。そのため、同僚の随育が盧芳に劉秀への降伏を迫る。盧芳は万事休して匈奴の下へ逃れた。
これ以降、賈覧の消息は不明である。
参考文献
- 『後漢書』列伝2盧芳伝 本紀1下光武帝紀下 列伝7馮異伝 列伝10王覇伝 列伝12杜茂伝

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